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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和31年(ワ)12号 判決

原告 宮崎秀男

被告 株式会社福岡銀行

主文

被告は原告に対し金三〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三一年二月一七日以降完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分しその一を被告他の九を原告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金八、八六三、二〇〇円及びこれに対する昭和三一年二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は金三三、七五〇円を除いて全部被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録(一)〈省略〉記載不動産中(Dのイロハ)を除いては、もと訴外ミヅホ産業株式会社の所有であつたのであるが、原告において昭和二六年一二月二一日大蔵省(福岡国税局長)の右訴外会社に対する国税滞納処分の結果、別紙目録(一)(F)(G)(H)の宅地並びに同(C)の建物を代金四四〇、〇〇〇円で競買し、同二七年二月八日その旨所有権取得登記を受け、また別紙目録(一)(A)(B)(C)の建物およびこれに備付けられた別紙目録(二)〈省略〉記載の機械器具一切は同年四月三〇日同じく訴外会社に対する国税滞納処分による公売によつて原告が代金三九〇、〇〇〇円で公買し、同年五月二日その旨所有権取得登記を受けたものであり、別紙目録(一)(Dのイ、ロ、ハ)記載建物は昭和二七年一一月頃訴外古賀由太郎から原告が譲り受け同二九年二月一五日売買名義をもつて所有権取得登記を了したものである。

二、しかるに被告は予ねて前記(A)(B)の建物その他の不動産並びにこれに備付けられた別紙目録(二)記載の機械器具(以下三条物件という。)一切につき訴外ミヅホ産業株式会社に対する債権極度額金一、五〇〇、〇〇〇円の債権担保のため根抵当権の設定登記を受け、三条物件につき工場抵当法第三条の目録を提出していたものであるところ、これらの物件が全て前記の如く原告の所有に帰したものであることを知りながら、原告が不在中昭和二八年二月二一日頃より同月二四日頃までの間に不法にも人夫を使用して(A)(B)建物等に侵入し、三条物件は勿論前記(Dのロ)の建物から雨樋、同(Dのハ)の建物の鉄扉及び屋上に達するため架設してあつた鉄製梯子、同(C)の建物の雨樋に至るまで取毀し、二五、六日の両日に亘つてこれを持去つてしまつたのである。

三、しかも被告が撤去した三条物件中ボイラー、鹸化釜等は地下数十尺を堀下げて耐火煉瓦を積重ね、コンクリートをもつて頗る頑丈に構設してあつたところ、被告の右撤去行為が乱暴杜撰であつたのに加え、撤去後の敷地や建物の保存等について何らの措置も構ぜられなかつたため、昭和二八年五月頃より(B)屋内に雨水が浸水して敷地の一部を洗い流し、その後逐次建物が傾斜し始め、同年八月下旬頃には倒壊を免れ難い状況となつたので、原告は応急措置として地盤補強工事を施すと共に建物を支柱でささえる等の工事を行つたのであるが、その後再び傾斜を示し、柱、貫、その他の用材も或は折れ或は割れて益々損傷の度を加え、公安上極めて危険な状態となるに至つた。よつて已むなく昭和三二年三月中旬頃、これを解体するの余儀なきこととなつたのであるが、再度使用に堪える資材は解体費用を償つて幾何もなく、遂に(B)家屋は廃屋に帰する結果となつた。

四、しかして原告は本件土地建物においてミヅホ化学工業所なる商号をもつて各種石鹸、クレンザー等の製造販売を経営すべく計画し、約六〇〇、〇〇〇円の資本を投じて昭和二十七年秋頃以降三条物件等の設備を補充整備し、同二八年二月二〇日頃においては既に原料資材も購入集荷し同月末日からは生産を開始する予定であつたのであるが、被告の前記不法行為によつて右操業は不能に帰し、操業のための投下資本は全く無駄となつたのである。

五、以上のとおり原告において予ねて計画していた石鹸、クレンザーの製造販売業ができないようになつたため、昭和三〇年四月(A)建物の階上を使用して白萩編物技芸学校を経営し、同階下と(B)家屋を使用して保育所を開設することに変更し、同年六月一日市長を経由して県知事に対して児童福祉法による児童福祉施設たる保育所認可の申請をしたのであるが、前記の如く(B)家屋は昭和二八年夏の洪水以降益々傾斜の度を加え、原告が金二五八、〇〇〇円の費用を投じて必要な復旧工事を施行したにもかかわらず、再び傾斜の激しさを増し保育所としてこれを使用することが不可能となつたので、前記保育所設置認可申請の定員一三〇名を(A)家屋の階下のみとして定員を五五名に減員するの已むなきこととなつた。これに加えるに減員した定員ですら近接する(B)家屋の情況が児童に危険であるとして遂に昭和三〇年度中は認可を受けることができなかつたのである。そして若し予定どおり昭和三〇年九月一日認可を受けていたとすれば公費による保育児の委託が受けられ、それによる収入は定員一三〇名として九月一日以降昭和三一年二月までの六ケ月間において、金五三二、二五〇円が県及び市より支払われ、原告は保育所長として手当を加え月額金二九、八〇〇円、原告の妻は調理士として同月額金四、六〇〇円計金三四、四〇〇円五ケ月分一七二、〇〇〇円の収入を挙げ得た筈であつた。然るに前記認可がおりなかつたため原告は右収入を喪つたばかりでなく、公費による委託児を受けないまま、保育所を経営するの外なく、収容人員も二五名位しかなく、その収入も月額一〇、〇〇〇円にして保母の給料その他の経費の合計一ケ月二〇、〇〇〇円の支出を要し、原告夫婦を無給としても、一ケ月一〇、〇〇〇円五ケ月で金五〇、〇〇〇円の欠損を生じ、諸経費を控除しても、少なくとも二三二、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を蒙つたのである。

六、そして以上は被告の不法行為に因るものであることは明らかであるので、ここに原告は被告に対し損害賠償として前記(Dのロ)の建物から撤去した雨樋の時価四〇〇円、同(Dのハ)から撤去した鉄扉並びに屋上に達するために架設してあつた鉄製梯子時価四八、五〇〇円、同(C)の建物から撤去した雨樋の時価二、三〇〇円、三条物件の時価五、九八五、〇〇〇円とその取付基礎工事費一、四四五、〇〇〇円の合計七、四三〇、〇〇〇円、前記倒壊家屋の時価八五〇、〇〇〇円、同じく無駄に帰した石鹸、クレンザー製造販売業のために投下した資金の内金三〇〇、〇〇〇円、前記四、記載の保育所不認可のため喪失した得べかりし利益二三二、〇〇〇円の総合計金八、八六三、二〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三一年二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による民事損害金の各支払いを求めるため、本訴請求に及んだ旨陳述し

七、被告の答弁に対し、三条物件は本件競落物件に含まれており、またその撤去行為は被告の責任に帰するものであつて、(B)家屋の倒壊は被告の右撤去行為との間に因果関係の存することは明らかである。よつて被告の主張は理由がない旨述べた。

八、証拠〈省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として被告が訴外ミヅホ産業株式会社に対する債権極度額一、五〇〇、〇〇〇円の債権担保のため本件(A)(B)その他の建物および三条物件(ただしボイラー工事及び煙突を除く)について根抵当権の設定登記を受け、右三条物件について工場抵当法第三条の目録を提出していたこと、原告が国税滞納処分による公売によつて(A)(B)(C)の建物を競買し昭和二七年五月二日その旨所有権取得登記を了したことのみはこれを認めるが、その余の原告主張事実は全部これを争う。しかして原告の本訴請求の理由なきことは以下のべるとおりである。

一、三条物件は本件国税滞納処分により差押えを受けていない、すなわちこのことは昭和二六年一〇月五日国税滞納処分によつて(A)(B)の建物について差押えがなされ、その旨担保権者である被告に通知がなされ、ついで同月三〇日(C)建物について追加差押が行われ、その旨被告に通知がなされたけれども、三条物件については差押をなした旨の何らの通知がなかつたのみならず、右差押登記嘱託書にも三条物件の記入がないことに徴して明らかである。

二、仮りに三条物件について差押の効力が及ぶものと解しても、土地建物の公売は、いわゆる三条物件と一括してでなければ、絶体にそれをなし得ないという法律上の根拠はない。このことは工場抵当法第四六条に「裁判所ハ抵当権者ノ申立ニ因リ工場財団ヲ箇箇ノモノトシテ競売又ハ入札ニ付スヘキ旨ヲ命スルコトヲ得」と規定していることに徴して明らかである。ところでこれを本件について見ると、滞納処分による公売については公売期日、公売物件等を公告することが要請されているにかかわらず(旧国税徴収法施行規則第一九条)、(A)(B)の建物の差押え及び(C)建物の追加差押えのみが担保権者たる被告に通知され、また(A)(B)(C)の建物のみを公売に付する旨の公告がなされ(三条物件を公売に付する何らの公告もなされなかつた。)、(A)(B)(C)の建物の公売価額のみが評価され、入札者も三条物件を念頭に入れず建物についてのみ入札し、公売財産売却決定通如書にも三条物件の記載及び価額が書かれていないこと等諸般の事情に徴すれば、本件三条物件は公売の対象になつていないものと解するを相当とする。また仮りに三条物件が形式的に公売に付されたものとしても、何ら公告されることなくしてなされた本件公売手続は当然無効というべく、従つて原告がその所有権を取得するいわれはないのである。また万一、三条物件が(A)(B)(C)の建物と一括して見積られ、公売に付されたものであり、且つ三条物件の価額が原告主張の如く七、四三〇、〇〇〇円にものぼる高価なものであつたとするならば、これを(A)(B)(C)の建物と合せ僅か三九〇、〇〇〇円と見積つて公売せられたことになり、これこそ不当廉価の見本ともいうべく(このことから見て三条物件は見積りに包まれていなかつたというべきであろう。)、かような公売処分の当然無効であることは明らかである。

三、仮りに三条物件が原告の所有に属するとしても、被告においてこれを撤去した事実は存しないので、この点からも本訴請求は失当である。その事情はつぎのとおりである。

(イ)  被告は前記差押えの場合にも三条物件を差押えた旨の通知を受けず、また公売に際しても税務署員について三条物件は公売に付されていないことを確認していたので、これらの物件は依然被告の抵当物件であることを信じて原告に対し、内容証明郵便をもつて、原告が公売によつて所有権を取得したものは建物だけであり、三条物件については、これを売却撤去しないよう注意を喚起し、原告自身においても、これを認め、右内容証明郵便に対し何らの抗議も申出なかつたのである。そしてこのことは原告が本件建物の競売後同建物につき昭和二七年六月五日債権者株式会社正金相互銀行、債権極度額一、七〇〇、〇〇〇円、同年六月一一日債権極度額五〇〇、〇〇〇円の各抵当権を設定したが、その登記については三条物件目録の提出なく、三条物件を抵当とした事跡の全く存しないことに徴して推認し得るところである。

(ロ)  右に述べた事情から昭和二八年二月一六日頃原告は被告銀行大牟田支店に出向いて係員に対し前記建物内にある三条物件を邪魔になる故撤去せられたい旨申入れてきた。そこで被告は三条物件の所有者であるミヅホ産業株式会社社長海谷武雄に対し、速かに三条物件を任意処分して代金を同訴外会社の被告に対する債務弁済に充当してくれるように要請し、訴外海谷は自ら三条物件を撤去し、撤去した物件を訴外塚本三男に売却し、被告はその代金を前記債務弁済に充当したのみである。すなわち三条物件の任意撤去、売却は所有者たる前記訴外会社社長海谷武雄の権限であり、同訴外人のみがなし得る事項であつて、被告はこれに関係なく、ただその売却代金を債権の一部弁済に充当したに止まるものである。

四、また原告主張に係る建物付属の樋、鉄扉等の撤去については被告の全く関係せざるところであり、被告自らこれを撤去した事実の存しないことは勿論、その撤去、売却方を訴外海谷に要請した事実もない。

五、つぎに原告は(B)家屋の倒壊が三条物件の撤去に原因するというけれども、これについて被告に責任の存しないことは前記のとおりであるのみならず、建物の倒壊自体、それがバラツクであつたのに加え、昭和二八年六月の風水害によるものであつて三条物件の撤去との間には相当因果の関係は存しない。よつてこれを前提とし得べかりし利益を喪失したりとする損害賠償請求の失当であることは自ら明らかである。よつて本訴請求には応じ難い旨陳述した。

六、証拠〈省略〉

理由

まず係争の三条物件(ただしボイラー工事及び煙突を除く)について、本件滞納処分による差押えの効力が及ぶものであるか否かについて考えるのに、被告が国税滞納者である訴外ミヅホ産業株式会社に対する債権極度額一、五〇〇、〇〇〇円の債権担保のため本件(A)(B)その他の建物および前記三条物件について根抵当権の設定登記を受け、右三条物件について工場抵当法第三条の目録を提出していることは当事者間に争がなく、工場抵当法の目的となつている土地建物について差押えがなされた場合には、その差押えの効力は、当該土地又建物に付加して一体となつている備付物(車両運搬具等土地建物に備付けられたものと認められない物件を除く。)に及び、又反面これらの備付物は土地又は建物とともにするのでなければ差押えができないものとせられ、国税滞納処分による差押えの登記嘱託書には必ずしも工場抵当法第二条の適用を受けるいわゆる三条物件目録を添付する必要はないと解されるので、少なくとも以上の三条物件については本件滞納処分による差押えの効力が及んでいるものと認めるを至当とする。

しかしながら国税滞納処分による差押えの効力が土地又は建物と一体をなす備付物に及ぶということから通常は一括して公売に付されるものと認むべきであるが、しかし直ちにもつて、これらの物件は常に一括してでなければ、絶体に公売に付することができないものと断定することはできない。このことは法律上工場抵当物件は必ず一括してでなければ公売に付することを得ない旨の明文の規定があるわけではなく、元来国税滞納処分において滞納者の差押え財産を公売に付することは、徴税のため必要と認められる範囲で行われるべきものであり、又徴税権者は恰も強制執行における裁判所の地位に対応するものと認められるのであるが、工場抵当法第四六条には「裁判所ハ抵当権者ノ申立ニ因リ工場財団ヲ箇箇ノモノトシテ競売又ハ入札ニ付スヘキコトヲ命ズルコトヲ得」と規定し、工場抵当物件に対する差押の効力とは別に、これらの物件を箇箇の物として競売に付することができることを認めており、国税徴収法上の滞納処分について工場抵当法の精神が尊重せられるのであれば、右滞納処分についての公売においても、これを別異に解すべき理由はないであろう。これを要するに工場抵当物件を一括公売に付するということは、これを箇箇の物として公売に付するにおいては、有機的に結合している工場としての価値を不当に減少せしめ、債権者にとつても又債務者に対しても重大な損失を及ぼすのみならず、社会的経済的にも不利益であるという配慮によるものというべく、したがつて工場抵当物件を公売に付する場合において、その時における物件の状況、価格、滞納額その他諸般の事情に照し工場抵当物件を箇箇の物として公売に付するとしても、前記精神に反しない限りは、これらの物件を箇箇の物として公売に付することは必ずしも法の禁止するところではないと解するを相当とする。

これを本件について見るに、成立に争のない乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第九号証、第一一号証、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八号証、第二二号証、第二三号証、第二九号証、第三〇号証、第三三号証、検証調書添付写真第六、第七、成立に争のない甲第八号証の三、五、九、真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一、二、証人千原信夫、西原金男、筒井潤一郎、一木増太郎、坂口理一郎、古閑学(第一、二回)、柳直、橋本今福光、太田昌英、上原宏行の各証言に弁論の全趣旨を綜合して考えると、本件滞納処分においては、被告に対し、本件(A)(B)(C)の建物を差押えた旨の通知がなされたのみで係争の三条物件については何ら差押えの通知がなされていないこと、滞納処分の公売については公売期日、公売物件等を公告することが手続上要請されているにかかわらず、係争の三条物件については何ら公告されたことがないこと(国税局の公売の分には三条物件の記載があるのに、同じ公告欄記載の本件公売の分にはこのような記載は存しない。)、公売財産売却決定通知書にも、本件(A)(B)(C)の建物の代金額のみが記載されており、係争の三条物件についてはその記載も代金額記入されていないこと、本件公売代金の見積中にも(A)(B)(C)の建物について、それぞれの額が定められているのみで、三条物件を見積つたという何らの形跡も認められないこと、本件公売の入札者においても三条物件を念頭に置かず、(A)(B)(C)の建物のみについて入札をなしていること等諸般の事実を認め得るのであつて、これらの事情から見るならば、果して実質的に本件三条物件が公売に付され、原告においてその所有権を取得したものであるか否か疑わしいといわざるを得ない。又仮りに原告において三条物件を取得したものと仮定しても、叙上諸般の事情に前顕各証拠を綜合して考えるときは、被告が三条物件は公売に含まれておらず、したがつて未だ被告に抵当権が存するものと信じたことは誠に無理からぬことというべく、被告が三条物件を取除いたとしても不法行為を構成しないと認めるを至当とする。もつともこの点につき甲第八号証の六(三条物件差押調書)が存し、また甲第八号証の八には(A)(B)(C)の建物のほか「三条物件を含む」と記載されているけれども、前顕各証拠から見てこれは後日記載されたものではないかとの疑念があり、証人関野七郎、奥村昇らの証言によれば、本件公売物件の中には三条物件が含まれており、その価格は四五、〇〇〇円であつたというのであるが、鑑定人堀際一年の鑑定の結果によれば昭和二八年当時における本件三条物件の時価は九、五〇〇、〇〇〇円という高額であり、またもつとも安く評価している鑑定人長徳重の鑑定の結果によつても一、二〇〇、〇〇〇円ということになつていることから見て、これを僅か四五、〇〇〇円と見積り、(A)(B)(C)の建物の価格と加えて三九〇、〇〇〇円で公売されたという前記関野証人の証言は到底真実を伝えるものとは認め難く、仮りに右証言が真実であるとするならば、本件公売処分は余りにも不当廉価の処分というべく、当然無効たるを免れ得ないというべきであろう。

以上の如く本件三条物件の撤去そのことについては、それが後記のとおり被告の責任によるものと認められるとしても、被告に不法行為上の損害賠償責任ありとは断じ難いのであるが、しかし証人川口十郎、田辺純一郎、海谷武雄、山田泉、塚本三男、井上源四郎、古賀吉次郎、石丸弘光の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)成立に争のない乙第二〇号証、第二三号証、第二四号証、第三四号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、本件三条物件の撤去は被告が訴外海谷武雄に指図して行わせたものであり、少なくとも公売物件たる建物には可及的に損害を及ぼすことのないよう注意監督すべき義務があつたものと認めるを相当とすべきところ(この意味において被告に何らの責任なしとは認め得ない。)、右各証拠に成立に争のない甲第一一号証の一ない一一、第一九号証の一、二を綜合して検討すればば、本件撤去行為が杜撰であり且つ撤去後敷地や建物の保存等について何らの措置も構ぜられなかつたため(ボイラー、鹸化釜等を取除いた跡に出来た大きな穴もそのままに放置してあつた。)、本件(B)建物に損傷を来たし、少なくとも三〇〇、〇〇〇円相当の損害を生ずるに至つたことが認め得られるのである(雨樋、鉄扉、鉄製梯子、煙突等については本件撤去作業の際持去られたものかどうか、又その額も明らかに確定し難い。)。この点について被告は本件三条物件の撤去行為は、訴外海谷武雄がその責任において行つたものであり、被告はこれと全く関係がない旨主張するが、これに添う各証拠は前顕各証拠に照し真実とは認め難く、又被告は本件三条物件の撤去と(B)建物の損傷との間には相当因果関係がないというけれども、前記認定の事実に照し因果関係なしと断ずることは妥当を欠くものと認める。

つぎに原告は(B)建物が危険に陥つたため、計画どおり保育所の認可が下りず、少なくとも二三二、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したりとして同額の損害賠償を求めているのであるが、しかしこれらの損害はいわゆる特別事情に因るものというべきところ、被告がかような損害の発生を予見し又は予見し得べかりし状況にあつたという点については何らの論証が存しないので、右請求は既にこの点において認容するに由がない。

以上の理由により本訴請求は、叙上認定の三〇〇、〇〇〇円および訴状送達の翌日であること明らかな昭和三一年二月一七日以降完済に至るまで、年五分の割合による民事損害金の支払いを求める限度においては理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 入江啓七郎)

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